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愛原様のたわごと(13年6月30日)






愛原「今回のテーマは【覚醒】。分かりにくいようなら【急成長】とか【新能力発現】でもいい。」

逆沢「前回に続いて、またもや冒頭にテーマ名を持ち出してきたか? 方針でも変えたのか?」

愛原「たまたまの偶然だ。そんな気分の時もある。」

鼎「キャラクターが何かのきっかけで覚醒して、急に強くなったりするのも、シナリオを盛り上げるスパイスの一つだよね。」

逆沢「あまりにチープなきっかけで簡単に強くなられたりしたら、それはそれで興ざめだけどね。怒りで我を忘れたりするだけで、簡単に強くなったり極限状態に追い詰められるだけで謎の能力に目覚める設定とかみると、もうおなかいっぱいになっちゃうと言うか。」

愛原「のっけからいきなり、ひとそれの設定の一部をあげつらうな。チープには違いないが、非現実的能力を覚醒させるきっかけとしては、最も広く認知されている手法だけに、読者やプレイヤーに不用意な違和感を与えずに済むという意味で、扱いやすいのだ。」

鼎「私は急成長した理由を、単なる努力の一言で片付けられる方が余程チープに感じたりもするんだけど。これはスポ根系の漫画とか、現実的世界を舞台にしてても割合よくある覚醒の手法だよね。」

逆沢「それも同感。【そして彼は常人なら達成不可能と思われるような厳しい試練を乗り越えて、一回り強くなって帰ってきた】と言われても、最近はふーんとしか感じなくなったわ。」

愛原「スレてるというか、やさぐれてるというか、悪い意味での大人の視点そのものだな。そういうのは。所詮はファンタジーなんだから、それはそれで素直に感動してやれよ。」

逆沢「あはは。悪い悪い。まぁ無論、少年漫画とか子供向けゲームなら、そういう展開も素直にOKと思うんだけどね〜。」

鼎「ノリと勢いだけで押し切っちゃう作風なら、私もそれで十分だと思うよ。でもどんな作風でも似合う覚醒の仕方じゃないよね。そういう【怒り】とか【人並み外れた厳しいトレーニングや試練】だけで覚醒しちゃうというパターンは。」

逆沢「ただ単純にハードなトレーニングをしたら上達するわけでもない事くらいは、スポーツ科学でも既に常識になってるくらいだしねぇ〜。当人の身体能力の許容範囲を超えたハードなトレーニングは、怪我や故障の原因にしかならないようなもので。」

鼎「リアルに考えれば考えるほど、人が突然、何かの才能に目覚めたり、覚醒する事って、ほとんどないよね?」

愛原「ところが作者は最近、新たな能力に目覚めた気になって、かなりいい気になってやがるそうだぞ。」

逆沢「あの出来の悪い作者に、才能のかけらもないだろうが?」

愛原「ところがだ。最近、あの運動音痴の作者がマラソンにはまっているらしいのだ。」

逆沢「はぁ〜ん?? 典型的な運動音痴型オタにしかみえない作者がマラソンにはまってるだと?」

愛原「運動不足解消とダイエットを兼ねて走り始めたらしいが。最近はフルマラソンにも申し込んだりもしてるらしい。といっても著名なフルマラソンは倍率も尋常じゃないから、神戸や大阪は抽選で落っこちたようだが。」

逆沢「芸能人みたいにホノルルマラソンとか、挑戦すればいいのに。」

愛原「カネも時間もないから、遠出はしない方針らしい。まぁともかく、新たな趣味というか、そういうのに目覚めてちょっといい気になってはいるようだ。」

鼎「つまりは、今までロクに大した運動もしてこなかった人間が、何かのきっかけで運動に目覚めたって事かな?」

愛原「まぁ、そういう事だろう。フリゲ作りに目覚めた時のような、新たな覚醒の感覚に襲われた状態というか。」

逆沢「まぁレベル自体は大したことないけど、一切の成長が無いままよりはマシかも知れないけどねぇ〜。いやはやなんとも・・・。」

愛原「もっとも覚醒といっても、少年漫画のように、一朝一夕に走れるようになったわけじゃないけどな。走り始めた頃は、距離も時間もひどかったが、翌日筋肉痛になったりもして、色々悲惨だったようだ。日頃の運動不足がくっきり分かる惨状だったというか。今では10キロくらいなら全く筋肉痛にもならず、毎日でも走れるくらいに体が慣れたようだが。」

逆沢「やっぱり漫画の世界みたいに、ハードなトレーニングで一気に急成長とはいかなかったか?」

愛原「元々の才能の差もあるだろうが、少なくとも作者ごときの基礎能力ではまず無理だな。無理をして余分に走り込んでも、その分だけ筋肉痛がむごくなるだけで、全く意味はない。ゲーム作りと一緒で、地味な継続あるのみ。」

逆沢「うーん。つまんね。走り始めてわずか2週間の猛特訓で国体出場経験者よりも早く走れるくらいに成長したなら、覚醒といえるかも知れないけど、そんなんじゃまるでドラマにならないというか。」

愛原「それでも社会人になって以降、運動方面にほとんど時間も割かず、その方面での才すら全くなかった人間であった事を考えると、一応、覚醒の範疇に入れてもいいかもしれないぞ。たとえば武芸一点張りだった戦士キャラが、たとえ未熟でも初めて魔法を使えるようになって、とりあえずのレベルながらも魔法戦士として覚醒した感触に近いというか。ゲームを遊ぶ物としてしか認識しなかった者が、作る側にもなる事で、今まで見えなかった視点にも関心を払えるようになった感覚にも近いかな? そりゃあ技能レベル10の者からすれば、技能レベルが1も0も大差ないだろうが、技能レベル1と技能レベル0の差は、やはり大きい。42キロをサブ3(陸上用語で【3時間切り】の事を指す)で走る人達からすれば、ただ完走できるだけの人間など、その他大勢と変わらないだろうけど、完走能力がささやかでも有るのと全く無いのとでは、小さくない溝があるような気もするし。」

逆沢「うーん。生兵法は怪我の元というか、とりあえずレベル1の魔法戦士が、初心者向けの魔法を初めて使えるようになったというだけで、無駄に増長してる図を想像してしまったわ。」

鼎「でも最初は誰だって初心者だし、初心者である事を嫌がって、何のスキルもないままだと、それは初心者未満の無能でしかないから、そういう意味ではレベル0レベル1の差は馬鹿にできないとは思うよ。」

愛原「そうなのだ。ジョギングを始めた頃は、自分より遙かに年長のランナーにも次々ごぼう抜きにされ続けるのだが、これを恥ずかしがったり嫌がっていると、その先はないからな。」

鼎「ここの作者は、昔から恥の概念が希薄というか、人の目線が気にならないというか、【くだらんプライドなど犬にでも食わせろ】論の人だから、慣れない新しい事にも首を突っ込みやすいタイプのような気はするよね。」

逆沢「つうか、昔からお一人様で外食するのも旅行するのも、これっぽちも気にならないタイプだからねー。」

愛原「さて、真面目な話。覚醒の機会に恵まれやすい人と、その見込みのない人の差はどこで出るのだろう?」

逆沢「さぁ? ファンタジーの世界なら、英雄タイプの人ほど覚醒の機会が多くて、そうでないモブタイプというか凡人ほど、覚醒の機会も無いまま平凡に一生を終えやすい気はするけどねー。」

愛原「では英雄と凡人の間で、どうして覚醒の機会に差が出たりするのだ?」

鼎「変わらない日常が続くかどうかの差だと、私は思うよ。人は変える必要がなければ、むやみに日頃の生活サイクルも、自分自身の考えも、なかなか改めようとしない生き物だと思うし。でも英雄といわれる人は、何度も何度もピンチに陥ったりして、そのたびに自分自身を鍛え直したり、考え方を改めたりする必要にも迫られたりするでしょ?」

逆沢「そうそう。ぶっちゃけていえば、覚醒しないと死ぬから。」

愛原「なるほど。覚醒しないと死ぬから、覚醒せざるを得ない。無茶なトレーニングをしてでも己を強化しない限り、未来が無いと考えるから、無理矢理にでも自分を鍛え直そうとすると。」

逆沢「逆をいえば、ピンチにさえならなければ、どんな主人公達も、無茶な試練に挑む必要もないといえるでしょ? いつも通りの生活サイクルを続けているだけで、立ちふさがる敵を全て退けられるなら、主人公達も今までしなかったような特別な試練に挑む必要はないわけだから。」

鼎「【今のままでは勝てない!】とか【このままではダメだ!】考えるからこそ、人は覚醒の機会に恵まれるような気もするよ。戦隊ものとかでも、主人公が新たな新必殺技を習得するのは、それまでの必殺技が通用しなかった時がほとんどな気がするし。」

逆沢「要するに平凡な毎日を続けるだけの平凡人が、英雄になれないのも当然って事ね。彼らは覚醒する必要もないか、もしくは覚醒できっこないと考えて初めから新たな試みに挑戦しようとしないから。安定した毎日が送れればいいと考える人というか、いわゆる公務員気質の人に英雄はいないというか、だからこそ官僚機構は硬直しやすいというか。毎日を変えたくない人達がたくさん集まるほど、組織全体も硬直するのは当然の話だから。」

愛原「新たなことに挑戦しようとしない人が、新たなスキルを身につける事はほとんどあり得ないとは思う。俺の好きな言葉の一つに【敗因を敵のまぐれにする者は、次もそのまぐれで負ける】というのがあるが、いかに勝敗は兵家の常といえど、いつでもたまたま運が悪くて負けたと自己弁護するような人間は、これからも運が悪くて負け続ける事になるんだろうなくらいには思っているし。」

逆沢「あるいは少しつらい事があっただけで努力を放棄したり、少々の反動で挫折したりする人とかね。民主党の敗因は、改革しようとしたことではなく、簡単に挫折した事だと思うし、そういう意味では、たかだか3年で本格的に変える機会を放棄した国民の判断も、典型的な凡人のそれだったような気がしてならないし。」

鼎「もちろん自公政権が代わりに財政再建や行政改革やエネルギー政策転換などの改革を進めてくれるなら、それはそれですごくありがたいと思うけど。」

愛原「昔、【俺は10キロも走ったのに痩せられなかった】とか言ってる奴がいたが、正直、コイツはアホだと思った。10キロ走る程度で必ず目に見えるほど痩せたら、マラソンランナーは42キロ走り終えるまでに、みんな倒れてるか死んでるわ(もしくはスタート時とゴール時で顔の形が変わるほど痩せこける。)。ボクサーでも重量上げ選手でも、わずか数キロ減量して一階級下げて保つ為に、血みどろの走り込みやトレーニングを何週間も続ける有様なのに。」

逆沢「まぁ一時的に一定量だけ体重を落とすだけなら、早い人なら1週間でも可能だろうけど、それだけの人はあっという間にリバウンドするからねー。」

鼎「昔、小泉さんが【痛みなくして改革なし】と言ってたけど、少々の苦痛もないまま覚醒の成果という果実だけをいいとこ取りしようとしても、それはさすがに虫が良すぎるよね。」

逆沢「まぁそういう意味では、覚醒を促すために無茶なトレーニングをする主人公達の行動にも、多少共感できる所はあるわね。一度覚醒してスキルを身につけたとたんに、無茶なトレーニング自体も止めてしまう部分は納得できないけど。」

愛原「どんな一流の野球選手でも相撲取りでも、そのスポーツを引退したら、わずか1.2年で体型が大きく変わる例も珍しくないからなぁ。一度覚醒したら、そのスキルがずっと使えるなんて、おいしい話はない。鍛錬を怠れば、すぐに体型もそれなりに衰える。ダイエットに失敗する人に一番多いのも、ダイエット中だけ食事制限を派手にして、ちょっと成果が出るか、もしくは壁に当たった途端にすぐに食事量を戻して、体重も戻るというパターンだ。胃の大きさも内臓脂肪も肥満時代とほとんど変わってない状態で早々と中断しても、無駄無駄。1週間だけ禁煙したところで、その直後に再び禁煙前とほぼ同量のたばこを吸い始めたら、禁煙の成果もまるででいないのと同じだ。こう言うとなんだが、学生時代は体育会系のスポーツマンだったのに、今では少し歩くだけで息をきらすような体質に変容してしまった同級生も知っている。もっとも作者自身も、剣山(徳島県南部にある西日本で2番目に高い山)の登山で想定外にしんどい思いをしたのが、ジョギングを始めるきっかけの一つになったみたいだから、人のことをどうこう言える筋合いもないけど。」

逆沢「学生時代にスポーツマンとして知られていた人ですら、運動をやめて何年も放置してるとひどい事になる人もいる事を考えると、せっかく身につけたスキルを維持するのも楽ではないというのもよく分かるわ。」

愛原「ゲーム作りでも、何ヶ月も作業を中断してると、設定をすっかり忘れている事も珍しくないからなぁ。」

鼎「せっかく覚醒しても、それを維持する努力を怠ると、せっかくの覚醒スキルを失うリスクもあるって事だよね。」

愛原「うん。まぁ一度でもレベル1になった者なら、たとえレベル0に転落しても、初めてレベル1にする時よりは労力的にマシだとは思うけどな。年齢面や体力面での劣化を別にすれば。一番難しいのは、とにかく初めて覚醒するきっかけの部分。そのきっかけの部分で、本格的に挑戦しようと思えれば、とりあえず覚醒のチャンスはある。逆にあきらめたらそこで終わり。俺自身にも多く当てはまるが、いちいち自分に言い訳したり、他人の指摘に反論したり、今の自分を信じたい人間はダメだな。」

鼎「ほえっ? 自分を信じられる人は駄目なの? 私はむしろ逆だと思うけど。」

愛原「今の自分と異なる自分になれる道筋と可能性を信じて行動に移せる人なら覚醒できる確率十分だと思うけど、今が最高とか、今の自分は正しいと思い込む人間はダメだ。なぜなら今の自分の正しさを信じていたり、変えるリスクを考慮すれば現状が一番マシ(相対的に最高)な状態と思い込んでいる限り、自分を変えようとしない為、成長が全く見込めない。行動に移さない理由をいちいち言い訳したり、他人の指摘に反論するのも、そういう意味で論外。逆に英雄気質の持ち主は、敗北は敗北と認め、劣勢は劣勢、間違いは間違いと素直に認められるから、更なる成長のチャンスがある。既に通用しなくなった旧来の必殺技にこだわり続けてダメになるか、それとも新必殺技を編み出すか? その差は旧必殺技を否定する度量があるか? 【今のままではダメだ】と思えるだけの度量があるか? この一点が全ての始まりだと思う。」

鼎「人が覚醒するには、ある種の脅迫観念が必要なのかも知れないね。」

逆沢「まぁ大半の人間は凡人で終わるし、無理に覚醒する必要があるとも思えなくは無いけどね。上の方でも言ったけど、生兵法は怪我の元って格言もあるし。中途半端なレベル1よりは、レベル0の方がマシな事もあると思うし。」

愛原「レベル0がレベル0と自覚している分にはまだマシだ。レベル1がレベル1と自覚している分ならレベル0よりもさらに上だ。問題なのは、むしろそういう言い訳をして、他者や自分自身が覚醒するチャンスを潰す方。すぐ上でも言ったが、自分に言い訳する奴はダメ。自分に言い訳する事は、自ら成長するチャンスを潰すこと。生兵法うんぬんを盾に言い訳するのは薦められない。無論まぁ、言いたい事は分かるけどな。何かをすればリスクを伴うのは当たり前だし、自分を過大評価しすぎたら、それはさすがに色々まずい。度を超えた鍛錬は怪我や故障の原因にしかならないし、知識のない者が知ったかぶりをすると、色々面倒な事になる。」

逆沢「ネットでは、言い訳と知ったかぶりと自己過大評価をミックスした超保守派というか、超現状維持派というか、覚醒拒否派がやたら多そうだけどね。」

愛原「知らない事を認める事で新たな知識に覚醒するチャンスも広がるが、知ったかぶりをしたり、知ってるつもりになった時点で覚醒するチャンスも閉ざされる。言い訳をした時点で、スキルをレベルアップさせたり、新スキルを身につけるチャンスも閉ざされる。それはすごくもったいない事だと思う。大体、人間は常にミスをする生き物なんだから、ミスする事自体は仕方ない。ただミスをした時に、どう対応できるかが覚醒できるかどうかの分かれ目だと思う。」

鼎「そこで一念発起できる人は、今はレベル0でも、将来はレベル1以上になれるって事かな?」

愛原「もちろん時間に限りがある以上、全てに一念発起はできないし、一生レベル0のままで置かざるを得ないスキルの方が圧倒的に多いだろう。ただレベル0の無能状態でも2種類あって、無知の知を知る無能と、それすら認めようとせず自己正当化ばかりして余計な事ばかりする無能に分かれると思われる。」

逆沢「いわゆる【無能な怠け者】【働き者の怠け者】の差か?」

愛原「その分類は、前向きな努力を重ねる事ができる働き者(将来、有能側への転向が期待できる層)まで否定しかねないなど、大きな誤解を招きやすい表現になっているので個人的には全く好きじゃ無い(【働き者の無能】ではなく、【余計な事ばかりする無能】とか【言い訳ばかりする無能】とか【有能なフリをする無能】といった【自分を必死で飾ろうとする無能】ならあまり違和感はない。)けど、まぁ一理はある。怠惰な無能は余計な事をしない分、適材適所さえ心がければ情勢の悪化までは招かない(たとえば料理スキルが0なら、そいつを厨房に立たせなければ問題ない)。だが料理スキルもないのにそれがあるように装って食材を台無しにしたり、知ったかぶりをしてデマを広めたり、言い訳ばかりして自分を繕う人間はかなり困る。怠惰な無能ならいちいち無益な反論をして時間を空費する事も少ないから、それなりには働かせやすいが、面倒くさい無能はいちいち反論したり、責任転嫁するので、とにかく手間がかかる。その上、反省しないので、改善も期待できず、結果的に同じミスを何度でも繰り返す。単純に無能だからミスするのは仕方ないが、間違ったことを正しいと信じてしかもそれを改めようとしない確信的無能は本当に困る。そういやそういうタチの悪い無能の例を以前、一例だけ聞いた事があった。」

逆沢「それはどんな例?」

愛原「遅刻の常習犯でありながら、それを上司がとがめると【Aさんも以前、一回無断遅刻した事があるじゃないか】とか言い訳して、自分は一向に遅刻の常習を改善しようとしない。会社の車で物損事故を起こしても【この車は元々バンパーにもへこみ傷もあるし、それなら自分以外にも過去に事故を起こした奴がいるはずなのに自分だけ責められるのは納得いかない】とごねて最後まで謝罪に応じなかったり、そのくせ職場の同僚が便所が混み合った結果、集合時間を1分オーバーしたのをみると【これも明らかなコンプライアンス違反なのに、なんで上司は何も言わないのか】とか【自分には厳しく当たるのに、何で一言で済ませてしまうのか? 納得いかない。もっと厳しく指導すべきではないか?】とドヤ顔で仕事中何度も何度もしつこく上司にいいよって、しかもその間ずっと、仕事の手は止まったままとか。結局そいつは、それから間もなく自主退職したそうだが。(注〜個人特定を避けるため、若干内容を変えています)」

逆沢「それはタチが悪すぎる。他人の些細なミスは絶対に許さないくせに、自分は【他の奴も悪いから】とか言って絶対にミスを認めないタイプってか。しかもすべき仕事の手は止まったままなのに、しなくていい他人のミスの指摘はしつこくしつこく延々と繰り返すとか、どれだけ無能な働き者やねん。言い訳したり他人のミスを探し回る労力に手間をかけるくらいなら、自分のスキルアップをする労力に手間をかけた方がずっと有意義だと思うのに。」

鼎「でもネットでも、そういう人はいるよね。乙武さんや某岩手県会議員がネットで失言書き込みをしたのを見るや、蛇のような陰湿なしつこさで連日非難し続けるような人とか。乙武さんや県会議員さんを非難するコメントを一人で30件以上書き込んでる例も残念ながらあるようだし。」

逆沢「しかもそういう人ほど、自分自身は真面目で有能な働き者だと思い込んでいそうだからムカつくわ。で、その人が自殺したりしたら、マスゴミが悪いとか、叩かれるような事をした方が悪いと鮮やかな手のひらがえし。もちろん自分の悪い部分は一切見て見ぬふりをして。」

愛原「まさしく悪い意味での無能な働き者だな。すべき仕事は全然しないのに、しなくていい仕事ばかり必死になって頑張る。肝心の仕事はほとんどしないか無能同然なのに、他人がミスをする機会を虎視眈々と見張り続ける努力だけは怠らず、それを見つけるとドヤ顔で周りに吹聴して、その人の社会的立場をとにかく失墜させたがるタイプ。努力する方向が完全にゆがんでいるタイプというか。」

逆沢「覚醒と最も縁遠いタイプの典型例として受けとめておくわ。自分のスキルアップのために自分の力不足を認めた上で前向きに自己改善に取り組むタイプの働き者ではなく、その場を繕う為に言い訳ばかり考えたり、他人を悪く言う事で相対的に自分の立場を上げる発想しかしないタイプの働き者は、覚醒とは最も縁遠いと。」

愛原「別に真面目に頑張って覚醒しろとまではいわんが、それならそれで従順で身の程を知る無能でいた方が無難だとは思う。大体、世の中の人のほとんどは平凡なままで終わるから、無能自体は悪じゃない。その無能が有能なふりをして自分を取り繕うから、色々おかしな事になるだけだ。」

逆沢「まぁ覚醒したり有能になるのは難しいけど、有能なフリくらいは簡単にできるからねー。もちろん、そのフリが他人からみて通用するかは全然別問題だけど。」

鼎「フリという意味では、努力したフリをしたがる人も多い気がするよね。【努力したけど駄目でした】という体裁を整えて、それを言い訳の材料にしたり。」

逆沢「【10キロ走ったけど痩せられなかったので、ダイエット止めました】とか【ダム建設を中止しようとしたけど、推進団体から反発を受けたので断念しました】みたいな奴ね。」

愛原「10キロ走っただけで即ダイエットの効果がでるはずはないし、推進団体が推進したがるのは当たり前なんだから、そういう理由で【努力したけど駄目でした】というのは悪い冗談にしか思えない。そんなの努力の内に入らない。」

逆沢「うーん。漫画の世界なら、1ページで覚醒に成功する事も珍しくないのに、夢のない話だわ。そういう地道な努力の話をされると。」

愛原「時間はかかるが、より確実だし楽だぞ。たとえば【常人なら達成不可能な程の過酷な鍛錬】を常人がこなすのは不可能だ。また【ピンチになったり怒りの感情マックスになるだけで秘めたる能力に覚醒する】のも不可能だ。だが地道な努力だけなら、才のない凡人でもとりあえず達成可能だからな。別にゲーム作りもダイエットも、選ばれた人だけしか成功しない特別な領域ではない。万人からうらやまらしがられるような一流の成果を目指すのなら話は違ってくるが、【レベル0のスキルなし】から【レベル1のスキル持ち】になるくらいなら、誰でも可能。誰でもチャンスがあると考えられれば、十分夢のある話ではないか?」

鼎「ファンタジーの世界では、逆に【選ばれた人】だけが到達できる領域というのが、はっきり存在するよね。スーパーサイヤ人やニュータイプに覚醒できるのは、一部の選ばれた人だけというか。」

愛原「だからこそ英雄は英雄たりえるという側面も、あるんだろうけどな。凡人がどれだけ努力しても決してたどり着けない領域があるからこそ、英雄は英雄たり得るというか。ヤムチャがどれだけ血のにじむ努力を重ねても永遠にスーパーサイヤ人には対抗できない現実が存在するというか。」

鼎「それって逆に夢がないよね。」

愛原「現実世界はそういう意味で、ファンタジー世界以上に夢があると言ってもいい。覚醒するチャンス自体は誰でもある(ただし一流を目指すなら少し話は違ってくるけど)。ただしそのチャンスを潰してしまうかどうかは自分次第。人間誰しも赤ん坊の時は、無限の可能性を秘めてて、歩けるようになったり日本語を話せるようになったり、どんどん新たな能力に覚醒していくが、年齢を重ねるに従って、言い訳の数も無限に増えていってやがて覚醒のチャンスすら見失ってしまいがちだが、そこをいかに克服できるか? そこを克服さえできれば、何も【過酷な鍛錬】など必要ない。」

逆沢「すぐあきらめない程度の我慢は、必要になるかも知れないけどね。」

愛原「まぁ、それはしゃあない。でもすぐあきらめる人の多くは、今の自分のキャパシティを超えた無茶な鍛錬をしたり、無茶な高い目標を掲げるからだろうと思う。今まで簡単なゲームも作ったことのない者がいきなりプロ級のゲームを作ろうとしたり、普段から運動の習慣のない者がいきなりフルマラソンに挑戦したら、そりゃあ挫折するに決まってる。ダイエットでも、中途半端な覚悟で無茶な絶食ダイエットなんかに挑む人間ほど、失敗率が高いように思われる。」

逆沢「まぁでも、難易度の低い鍛錬を1年続けるよりも、無茶な鍛錬を1週間だけ続ける方を選びたがる人間も多そうだからねー。で、これだけ無茶な鍛錬を1週間も続けた以上は成果が出て当然と考えがちだし、で、期待したほどの成果が出なければ、すぐ【やーめた!】みたいになったり。」

鼎「それ、漫画の影響もあるかも。ほら、山ごもりして過酷な修行をした主人公が新能力に覚醒するみたいなシーンも割とあるような気がするし。短期間だけ無茶をすれば覚醒できるみたいな流れが、どうしてもファンタジーでは主流だから。」

愛原「そういう一夜漬け型の詰め込みスキルは、用が済んだらすぐに忘れてしまうのが現実世界だけどな。テスト勉強でもダイエットでも、何でもそれは同じ。その場しのぎにしかならん。」

逆沢「詰め込み型かぁ。そう考えると、今の中高生の勉学スタイルも、災いの元凶かもね。分数計算もできない大学生も多くいるとか聞くと、中高生時代の詰め込みの勉学スタイルがどれだけ不毛かというのも感じさせられなくもないし。」

鼎「そういうので一時的にスキルを磨き上げても、それはドーピングと大差ないと思うよ。本当に能力が身についているのでは無くて、一時的に能力をかさ上げしているに過ぎないというか。」

愛原「まぁ、どれだけ地道に鍛錬しても、何年も放置してたらいずれは0レベルに逆戻りしてしまうのは同じだが、詰め込み型による能力劣化のスピードは、地道型の比じゃないからなぁ。少なくとも覚醒したといえる程度に新スキルを安定化させたければ、やはり地道な積み重ねは必要なんだろうと思う。それはとても退屈な作業かも知れないが、その代わり、選ばれた人でなくとも習得のチャンスがあるんだから。」

逆沢「選ばれた人でなくとも(努力次第で)誰でも身につけられるようなスキルなんか、全然価値がないっていう人もいるだろうけどね。誰でも身につけられないレアスキルだからこそ価値があると主張する人も、世の中にはそれなりに多そうな気もするし。」

愛原「そういう言い訳をして、短くない人生で何度あるかも分からない覚醒の中身まで選り好みしている内は、覚醒の機会もないだろうな。」










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