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愛原様のたわごと(14年5月11日)




逆沢「あれ? 先週、更新忘れてた?」

愛原「完全に忘れてた。その分、ゴールデン・ウイークは充実してたぞ。フリゲ遊んだり、ウディタいじったり。」

鼎「ウディタいじったって事は、開発再開?」

愛原「そんな立派なものではない。まぁ創りたいゲームの構想だけはいっぱいあって、その構想内の一つを、表計算ソフトに箇条書きしたり、ウディタ内に少しばかりデータを書き込んでニヤニヤしたり、まぁその程度。」

逆沢「おいおい。ひとそれ未完のまま、新作作りしてたのか?」

愛原「その未完縛りが災いして、前にも後ろにも進めない状態が続いてたから、この際、気の向くままに、今創りたいものを創る発想を重視する事にした。もっとも創りたい構想自体はかなりたまってる割に、具体的な製作計画を立てられる程、ビジョンが整っているわけではないから、少なくとも新作を創っていると言えるような段階ではないのだが。ぶっちゃけ現状では【ぼくの作った面白いげえむ】像をノートに書き殴っているだけの状態と変わらない。」

鼎「でも、一番楽しい段階でもあるよね。脳内で完成した図だけがあって、あれこれ妄想している段階は。」

逆沢「でもその妄想を現実の形にする為には、超えなくてはならない壁がいくつも立ち塞がるんだけどね。」

愛原「単なる妄想で終わるか、現実の形にする事が可能かどうか? とりあえず大まかな設計図を作っている段階とも言えるな。できた設計図を見て、これなら今の自分の技量でも何とかなりそうと思えたら、いよいよ本格的に製作段階に入るという形になるのだが・・・。」

逆沢「今は、まだ大まかな設計図というか、グランドデザイン自体ができてない状態と。」

愛原「構想自体は色々あるので、色んなバージョンの設計図を表計算ソフトとウディタを使いながら脳内で描いていきたい。という訳で、ゴールデン・ウイーク報告は終わり。そしてゴールデン・ウイーク中に、極めて個人的な趣味に関するニュースで驚いた件が一つ。山本弘氏がと学会を脱退したらしい。」

逆沢「私的には、めっちゃくちゃどーでもいいニュースね〜。個人的な趣味丸出しというか。ていうか、そんな超マイナーニュース、どこで入手したのか? まぁ新聞やヤフーニュースに載ったらおかしい程、極めてどうでもいいニュースレベルなのだけは間違いないと思うけど。」

愛原「きっついなぁー。まぁそんなニュースが新聞やヤフーニュースに掲載されるとも思えんが・・・。」

鼎「ところで山本弘さんって、何の人だったっけ? テレビに出てる人?」

愛原「うへぇー。そう来たか。まぁ、世間的にはそういう反応をする人の方がはるかに多そうな気はするが・・・。」

逆沢「えーと、確か【と学会】の会長さんだった人ね。と言っても、山本弘を知らない人に【と学会】と言っても、余計にワケワカネになるだけのような気もするけど。」

鼎「あ、思い出したよ。確かトンデモの略の【と】で、疑似科学とか迷信とか、そういうトンデモ関連のものについて熱く語る人達の集まりだったよね。【と学会】というのは。」

愛原「・・・本当は最初から知ってたんじゃねえのか?」

鼎「気にしない気にしない♪」

逆沢「で、なんで辞めたんだ? もしかしてトンデモ関連に興味が無くなったのか? 私は、あの人の疑似科学や迷信やデマを真に受ける人を正論でバッタバッタとなぎ倒す姿が、割と好きだったんだけどねー。そういうのに関心なくなったのか?」

愛原「別に関心は無くなってないだろう。今でもブログではいつもの山本節全開だし、ASIOSの方も継続されるようだし。ああ、ちなみにASIOSというのは【超常現象を懐疑的に調査していく】スタンスの団体で、ものすごく端的に言えば【と学会】が持つ存在意義の内、主に自然科学部門に特化したような団体と俺は解釈している。」

逆沢「いわゆるトンデモには、超常現象や怪奇現象といわれる理系のトンデモから、社会的矛盾や歴史修正主義といった文系のトンデモまで幅広くあるけど、その内、理系のトンデモに絞った団体がASIOSって事か?」

愛原「理系のトンデモは、科学的根拠を元に有無を言わせない説得力で、その真偽を検証しやすいのが特徴だな。逆に文系のトンデモは、歴史資料や状況証拠といった、少しあいまいな根拠を元に真偽に迫らなければならないのがつらい。」

鼎「今、世間を賑わせているSTAP細胞問題の場合は、理系の検証議題だから、科学的な視点で検証が進められそうだよね。本当にSTAP細胞は存在するのか? あるいは現時点で本当に再現可能なのか? とか。」

愛原「今、問題にされているのは、そういう理系の内容ではなく、【発表された論文がねつ造にあたるか否か?】という文系の内容。故意ならねつ造という事になるし、ケアレスミスなどの過失の可能性もある。STAP細胞の有無なんて、全く争点になってない。」

鼎「世間の人にとって最も重要なのは、STAP細胞という夢の細胞が実在するかどうかだと思うのに・・・。もし実在しているのなら、今、問題になっている研究者の人が日本の研究界を去るような形になれば、大打撃になる可能性もあるのに・・・。」

逆沢「私からみたら、論文の書き方なんてどうでもいいから、実際に研究者本人にもう一度作らせてやれと思うのに。作れたらOK。作れなければ残念という事で。重要なのはそこだから。」

愛原「しかし現実問題として、争点になってるのは、あくまで論文の形式と内容。なぜ実際にもう一度作らせてみようと理研側がしないのかは、現時点では不明。」

逆沢「でも確か、論文のねつ造性を強く疑われている、画像の加工行為については、他の研究者も似たような事をやってたんじゃなかったの? 確か弾劾裁判行為に荷担している調査委員長自身も過去にそれをやっていて、それで調査委員長を辞任したりもしてるし。今はアウトだが、昔はセーフだったからとか、いかにもトンデモ風の弁解して正当化してるみたいだけど。」

鼎「典型的なダブルスタンダードだよね。」

愛原「ダブルスタンダードというのは、文系のトンデモを暴く最強のキーワードだな。今、問題になっている小保方とかいう研究員がギルティかノットギルティかは、俺には分からない。しかし複数の者が同じ事をしているにも関わらず、こちらはギルティ、こちらはノットギルティという形になれば、その時点でトンデモになってしまう。少なくともどちらかは必ず誤った評価になってしまうからだ。」

逆沢「まぁ、でも政治の世界には、そういう理不尽はよくあるらしいけどねー。今回も2015年度に新設される予定の特定国立研究開発法人に理化学研究所が認定される為に、小保方研究員をトカゲの尻尾切りしたとも言われているし。この問題を長引かせたらそれだけでも認定が遅れるし、下手すると過去に同じような不正(?)行為に荷担していた他の研究員まで火の粉が降りかかりかねないし、だから速攻でトカゲの尻尾切りするしかなかったと。彼女及び関係するその他の研究員全員が実際にギルティかノットギルティかに関わらず。彼女だけを速攻でギルティで切る事で問題収束を図る一方で、論文製作を指導したとされる上司を含む他の研究員は弾劾裁判のまな板にすら乗せないまま、ノットギルティで事態を速やかに沈静化させる気マンマンというか。」

愛原「なんか2004年の学歴詐称疑惑や、今年の徳洲会不正献金問題と同じ、闇を感じるな。学歴詐称問題では民主党の古賀潤一郎議員が最初に疑惑に昇り、後に自民党の原田義昭議員にも同様の疑惑が明らかになるが、結局、古賀議員だけがまな板の上に載せられて徹底的に切り刻まれたあげく議員辞職したのを受けてワイドショーの勢いも弱まり、原田議員は不正だけが明らかにされるも、まな板で徹底的に切り刻まれる事もなく事実上逃げ切った。徳洲会不正献金問題も、徳洲会が献金をばらまいた相手は多数いるにも関わらず、猪瀬前東京都知事だけがスケープゴートになるだけで、贈賄側の徳田一族もその他の収賄(?)疑惑者も一切話題に残らず、事態は沈静化した。誰か一人だけがスケープゴートになってギルティと認定されるのと引き替えに、他の同類は全てノットギルティとして平然と逃げ延びる構図。政治の世界では、複数の者が疑惑に巻き込まれた場合、一人だけイケニエに捧げられてギルティとなり、他の者はノットギルティとして逃げ延びるような、こういうダブルスタンダードがしばしば起こる。リクルート事件でも橋下派1億円献金事件の時も、多くの議員の名前が疑惑として挙がりながら、最終的には藤波孝生や村岡兼造といった、とても事件の全容を黒幕として仕切れるとは思えない、中途半端なランクの特定の議員だけが起訴されて、そいつらだけに全責任が押しつけられる形で収束していったわな。大山鳴動してネズミ一匹というか。」

鼎「STAP細胞の件についても、論文の共著者はたくさんいるのに、一人だけギルティとする事で事態の沈静化を急いでいる構図は同じだよね。」

愛原「今回はこのダブルスタンダードについて、もう少しじっくり語ろうと思う。」

逆沢「アンタは、ダブルスタンダードというのが本当に大嫌いみたいだからねー。」

愛原「俺は山本弘氏みたいに、科学という観点から、嘘や矛盾を暴くのは決して得意ではない。というのも俺のように頭の悪い人間は、モノの真偽を見抜くのに必要な知識が絶対に不足しているからだ。モノの真偽を見抜く鑑識眼や判断材料が不足していると言ってもいいかも知れない。じゃあ俺のような頭の悪い人間は、何をもって嘘や矛盾を見破るか? 複数のものを比較して、ダブルスタンダードでないかを見比べるのが一番簡単だ。STAP細胞の件にしても、俺のような門外漢が小保方研究員がギルティかノットギルティかは分かるはずもないが、そこにダブルスタンダードがあれば、少なくとも何かおかしい事だけは気づけるだろ? ちなみにこのダブルスタンダードを見抜く視点というのは、推理モノを解く上でもすごく役に立つ。複数の両立し得ないアリバイがあれば、少なくともどちらかは必ず嘘をついている事になるから、そこがトリックを解く鍵となるような感じでだな。」

逆沢「なる程。で、どうやったらダブルスタンダードを見抜く視点を養えるわけ?」

愛原「具体例を出そう。たとえば俺が尊敬する山本弘氏のブログ(山本弘のSF秘密基地BLOG)の2014年4月20日の記事では、韓国で起きた旅客船の転覆事故について氏の私見が熱く語られている。それを読んで深く共感すると同時に、残念ながら日本のネットユーザーの中には、平気でひどいダブルスタンダードを犯す人が多いと感じざるを得なかった。もっと具体的に言うと、自分の国が被害者となった場合、あるいは自分達と立場が逆だった場合。そういう視点が完全に欠けていると。お前ら、自分が被害者の側になっても、そんなひどい事を平気で言えるのかと。」

逆沢「あははは。それはしゃあないわ。あの石原慎太郎にしても、東日本大震災が起きた直後には【天罰】なんて暴言吐いてたのに、東京の街が大停電に見舞われた途端に、全国お通夜モードを強制するような有様だったし。自分が被害者でない内は、平気で被害者を冒涜できる。自分が被害者になった途端、被害者に対する無限の同情や哀悼を他人に強制し、それに同調しない者を【人でなし】と言わんばかりに公然と排撃しようとする。そんな人は、案外多いんじゃないの? 石原慎太郎みたいに。」

鼎「韓国の転覆事故の際にも、石原慎太郎さんの天罰発言に近い発言をしたり、メシウマと言わんばかりの人は少なからずいたようだよね。」

逆沢「船長が逃げたした事や、過積載であった事や、政府の対応を理由に、韓国の民度の低さを声高に主張する手合いも、ネットでこれでもかと言わんばかりの数で見つけてしまったわ。」

愛原「パニックになったのかどうかは知らんが船長逃げ出しに近い事は、日本でも起きている。たとえば福知山線脱線事故の時に乗車していた車掌も、職務放棄して警察に連れて行かれたものだ。日本のマスコミや世論の反応は、車掌のとった行動に対してはほとんど触れないか、触れても同情的擁護的な論調の方が強く、少なくともバッシングという形にはなってなかったが(当時のパニック状態では冷静な判断をできなくても当然という声が比較的目立った)。あと過積載が引き起こした最近の海難沈没事故としては、2008年3月に起きた明石海峡での衝突事故などがあげられる。2008年の3月7日のたわごとでも少し触れてるけど。」

鼎「確か沈んだ船は、過積載の疑いが極めて強い状態で、ちょっと追突されただけで沈んでしまって、重油が明石海峡界隈に流れ出て、地元は大変な騒ぎになってたよね。」

逆沢「韓国の転覆事故でも引き上げに3ヶ月近くかかるとか言われてて、日本のネットユーザーの中に韓国の技術力を非難してる人もいたようだけど、重油漏れ騒ぎになった明石海峡の事故は、結局どうなったの?」

愛原「俺が知る限りは、自然放置だった気がするが。事件当時は沈没船を急いで引き上げるべきという声も割と見られたが、その困難さが公にされて以降、急に引き上げ論に関する報道もしぼんでいって、以降引き上げましたなんて記事もみた事ない。重油も回収可能な分だけ回収して、あとは自然に拡散するのを待ってみたいな感じで、事件自体も自然にフェードアウトした印象しかないぞ。」

逆沢「韓国政府の対応を批判する人もいるけど、じゃあ日本で起きた大震災や各種大事故の対応を比較したら、案外差はないしねー。大震災や大事故が起きた際に、それにかこつけて特定の内閣や政党を非難する攻撃材料にしてた人はいたけど、日本国民の民度自体を非難する日本人なんて見た事ないし。日本で同じ事が起きても即、日本の民度を問題視する日本人はいないのに、韓国で同じ事が起きたら即、民度の問題になるのは不思議だわ。」

愛原「まぁ日本だろうが韓国だろうが、どこでも災害や事故をダシにして政治批判する輩は一定数出る。そしてそういう奴に限って、当時の政権政党が自分の応援する団体か否かで、対応を180度変える。気に入らない政党が政権を握っている時に事故や災害が起きれば、すぐに政党批判。応援する政党なら擁護もしくは見て見ぬ振り。やってる内容が同じでもな。鳥インフルエンザ関連の報道に対するネットの反応とか見てると、特にそう感じなくもない。」

逆沢「鳥インフルエンザ報道か。確か2004年に大ニュースになった時には、生産農家がやたらバッシングされてあげく生産農家社長の夫婦が自殺。次に2010年で起きた口蹄疫の時には、報道が小さすぎるとか、赤松大臣はこの一大事に外遊に出るなんてひどいとか、一斉焼却処分なんて生産農家が可愛そうとか(特に当時の東国原宮崎県知事は、農家に対する補償も強く求めたりしてた)、その一方で政府の対応が遅いとか、なぜか政府に批判の矛先が向いたわね。そして今年熊本で起きた時は、それ以上に報道も小さいのに誰も非難しないし、安倍総理が当時ゴルフした事が発覚しても、全く問題視しないし。(熊本県知事が当時の東国原とは正反対の過去にない迅速果敢なスピードで殺処分指示を実行して、速攻で問題の芽を断ったせいで、問題が大きくなる前に沈静化できた事情もあるかも知れないけど)。赤松農林大臣が外交に出かけたら叩かれて、安倍総理がゴルフしててもOKとか、今考えると意味不明だわ。」

鼎「そういえぱ韓国の漁船転覆事故で大変な最中に、オバマ大統領が韓国を訪問する事になったけど、それに対して漁船転覆事故への対応よりもオバマ大統領の訪問の受け入れを優先したとして、韓国政府を非難する声も、日韓両国でみられたそうだよ。韓国では主に事故被害者家族と野党支援者から。日本では嫌韓の人から。」

愛原「嫌いな奴が何をしても許せないというか、叩く口実にしかしないという感じだな。どうせそういう輩は、仮にオバマ訪韓を韓国大統領が無視して転覆事故への対応に専念したとしても、今度は外交の常識すら知らないと、やはり韓国大統領を叩くだろう。」

逆沢「韓国の旅客船の転覆事故に関しては、嫌韓の人だけかどうかは分からないけど、なぜ日本の救援を韓国は受け入れなかったのか? みたいな主張をして韓国政府の対応を批判する人も結構いた印象があるわ。」

愛原「日本政府も、東日本大震災が起きた際に、金銭面を除く外国からの援助を(在日米軍によるパフォーマンスを除いて)拒んでいるけどな。在日米軍による原発への水(粉?)ぶっかけパフォーマンスとか、そういう(実効力はともかくとして)絵にはなるパフォーマンスに関しては、一部だけ容認したようだけど。わざわざ最高のアングルとタイミングでその名場面が撮影されるようにも事前に配慮した上で。」

逆沢「湾岸戦争の時の油まみれの鳥ばりの、すさまじいプロパガンダパフォーマンスねー。そういやこの前、【震災の時に在日米軍は日本を助けてくれたのに、日本は米軍が攻撃されても守れない。だから集団的自衛権を認めるべきだ】なんて記事を見つけてしまったわ。おいおい、飛躍が過ぎるだろって。お前ら、大型竜巻でアメリカ本土が大被害を被った時に、日本がどれだけカネを援助したのか知ってんのかとも。」

愛原「まぁ、震災等の大災害の際に、無闇に外国勢を受け入れないのは正しい。この辺の理屈は、2008年5月24日のたわごと及び、その前などに少し触れたけど。カッコつけの部外者は【何か手伝えることがあれば、遠慮無く言ってくれ】とか軽い気持ちで言って、それを断ると【人の好意を無視するのか!】とキレたりするが、正直こういうのはありがた迷惑になる事もある。震災ボランティアの受け入れもそうだが、【何か手伝えることがあれば】程度の曖昧な動機で、災害や事故現場に一方的に押しかけられても、緊急時には邪魔にしかならん事も多い。」

鼎「それでかな? 確か東日本大震災が起きた時に関西広域連合は、各県ごとに募集する物資を限定して、それを被災地に送り出すようにしてたよね。救援に向かう地域も、大阪府と和歌山県は岩手県を担当し、兵庫県と徳島県と鳥取県は宮城県を担当しみたいに分けて、さらに各市町村ごとに担当する市町村も変えて。【和歌山県の○○町は岩手県の○○町に向かう】みたいな感じで。」

愛原「安倍は韓国の転覆事故の際に【何か我々に出来る事があれば】と言ってたが、あれは社交辞令のようなものだ。日本が東日本大震災に遭ってもカネ以外の支援を(在日米軍によるパフォーマンスなどを除いて)全て断ったように、あるいは中国の四川大地震の時の中国の対応もそうだったように、大抵はどこでも同じ対応を取る。逆に言えば、真面目に支援したければ、本当に必要なモノを具体的に明示して送るようにする。震災などならカネといった感じでだな。関西広域連合による東日本大震災が上手く機能したのは、阪神大震災の経験もあって、被災地が何を望んでいるかが分かっていたのが大きい。阪神大震災の時には、神戸など特定の市町村だけに義援金やボランティアが偏って、無名の市町村が切り捨てられたような状態になったり、雑巾にしかなりそうにない古着や、保存できない食物など、ゴミ同然の物資を一方的に送りつけられたり、色々な事を体験してきたから、何県はこれのみを募集し、ちゃんと分別した上で、岩手・宮城・福島の各県各市町村でバランス良く送るみたいな芸当ができたが。」

鼎「東日本大震災の時は近畿のテレビ局内で、何県は何の支援を受け付けています的な報道を派手にしてたよね。あと大災害に備えた報道とかも。」

愛原「阪神大震災の時は、リスク分散がよく騒がれていたが、東日本大震災の時はリスク分散について全く騒がれなかったのは、不思議だったな。【東京が壊滅したときに備えて】みたいな報道が一切でなかったのは実に不思議だった。」

逆沢「東京だけは特別って事じゃないの? 計画停電の時も、東京だけは聖域だったし。東京以外の街が壊滅した時に対する備えは必要だけど、東京だけは何があっても最優先で守るし壊滅させるつもりもないから大丈夫とか、東京が壊滅した後の日本には興味が無いから、東京が壊滅した後の事は考える必要はないというか。福島を初めとする原発立地でもしもの時が起こった際の備えはたまに議論されるけど、横須賀の原子力空母に何か起こった場合の想定なんか、一切されてないし。まぁ、そんなもしもを議論する事自体が、外交上のタブーなのかも知れないけど。【原子力空母カエレ】みたいな世論に発展したら困るから。」

鼎「こうしてみると、ダブルスタンダードって至る所でありそうだよね。同じように鳥インフルエンザが起きても、ある時は生産農家がギルティとなり、ある時は時の政権がギルティとなり、ある時は騒ぎにすらならない。同じように震災が起きても、阪神大震災の時と東日本大震災と四川大震災の時で、みんな反応が変わる。同じような事故が起きても、国民性や民度のせいにされる時もあれば、特定の個人の責任に押しつけられる時もあるし、誰も悪くなかったみたいなモードになる時もある。」

逆沢「韓国の転覆事故に対する反応をみてたら、特にそう思ったわ。よくよく考えたら、似たようなシチュエーションは日本でもいくらでも起きているのに、なぜそんなに相手によって態度が変わるねんと。」

愛原「そろそろまとめよう。まず、ダブルスタンダードを避けるコツについてだが、これは配役を入れ替えてみて、自分が同じ態度を取れるかどうかを検証してみる。たとえばある政治家が特定の発言をしてムカついたとしよう。その時、脳内で自分の好きな政治家に置き換えてみる。それでもやはりムカつくならば、人間として正常だ。しかし配役を変えた途端、思わず擁護したくなったり、無かったふりをするならば、単に色眼鏡で見ているだけという事になる。同じ事をしてるにも関わらず、ある人がやれば褒めてあげたくなるのに、ある人が同じ事をやったらムカつくというタイプは、特にダブルスタンダードを日常的に行っている可能性があるから要注意だ。」

逆沢「なんかドラえもんの【ぼくよりダメなやつがきた】の回を思い出したわ。多目くんという転校生がやってきて、その子がのび太よりもさらにダメな子で、その子を見てのび太は安心感と優越感を覚えるんだけど、ドラえもんが【配役入れ替えビデオ】という秘密道具を使って、出来の悪い多目くんを馬鹿にするのび太は、普段、出来の悪いのび太を馬鹿にするスネ夫とやってる事は変わらないという事をのび太君に理解させるというお話なんだけど。」

愛原「ネットで検索したらすぐに出てくるレベルの有名な話だな。【ぼくよりダメなやつがきた】の回は、個人的にもっと広めたいいい話だとも思う。」

鼎「よくよく考えてみたら、同じようなシチュエーションなのに、その事に気づかずに、特定の相手にだけ不遜な態度をとるような人にこそ見てもらいたい話だよね。」

愛原「脳内で配役を変えてみて、それで自分の態度に変化が無い事を確かめる。あるいは似たような事例が逆の立場で過去に存在していたかを確かめて、それでも同じ態度を取れるかを振り返ってみる。これができるようになれば、ダブルスタンダードによるトンデモを自らが犯してしまう愚はとりあえず避けられる。」

鼎「世の中、どちらが正しいか見抜けない事も多いけど、ダブルスタンダードを避ける事で、どちらから見てもおかしい事態だけは避けられるよね。」

逆沢「同じ内容の話をしてるのに、あの人の時は賛成、あの人の時は反対と、態度をコロコロ変えるような人は、本当は内容なんかどうでも良くて、ただ単に好き嫌いや損得だけで物事を決めていると判断していいという事ね。どれだけもっともらしい屁理屈をこねていようと、実際には状況が変われば主張自体が簡単にひっくり返ってしまうような人の主張に、真面目に耳を傾けるに値する中身なんかないとも。」

愛原「無論、相手によって好き嫌いが発生したり、関心度が変わるのはやむを得ない。東日本大震災と四川大地震と南米や東南アジアやオーストラリアの大地震をそれぞれ、同列に語る事はできないし、語る者もいないだろう。【関心が無い】のも【どうでもいい】のも、それはそれで仕方ないし、やむを得ないとも思う。東日本大震災で東京の電気が止まった直後の石原慎太郎みたいに、不謹慎モードの押しつけを他人までに強制する方が余程、傲慢ともいえるだろう。ただ、関心が無かったりどうでも良いと感じたならば、普通にやり過ごしていればいい事。災害現場や葬式場に石を投げ込むような真似などすべきではないし、ましてそれにもっともらしい理屈をつけてそんな暴挙を正当化する奴は論外だ。誰かがひどい目に遭ってる時に時には心の中で【ざまぁみろ】と思える時もあるかも知れないが、そういう時も、無闇に屁理屈ごねて石を投げつけるような行為を正当化するのだけは避けた方がいい。屁理屈をごねてしまった時点で、自分が逆の立場になった時に、同じ屁理屈でやり返されても、反論できなくなってしまうからな。」

鼎「相手の被害をみて天罰と言い切った時点で、自分が被害を受けた時に天罰と言い切られても文句は言えないって事だよね。」

愛原「配役を自分や自分が大好きな人物に置き換えた時に容認しがたいような屁理屈ならば、それはダブルスタンダードにしかなり得ないという事だ。」

鼎「でもそういう配役に自分に置き換えて想像する事もできないような人は、自分がダブルスタンダードをしている事実にも気づいてなさそうだよね。石原慎太郎さんとか見てると、特にそう思うし。」

逆沢「まぁ石原慎太郎は、人に君が代斉唱を強制しておきながら、自分は君が代は嫌いだし、歌う時は歌詞を変えて歌うというだけの御仁だしねー♪」

愛原「【政府がいつまで経っても尖閣諸島の国有化を行わないから、それなら東京都が買う】とか言って、尖閣問題に火をつけた元凶のくせに、政府が国有化して以降、日中問題がガタガタになった途端に、【民主党政権が尖閣を国有化をしたせいで、日中問題がややこしい事になった。】と責任転嫁するような御仁だからな。まぁこんな石原慎太郎のトンデモダブルスタンダードにほいほい乗っかるネットユーザーも、数え切れない程見てきてるから、似たような思考回路の人は多いのかも知れないけど。」

鼎「確か尖閣諸島の国有化問題でもめてた時点で、国有化反対と言ってた人は自民党議員から一般のネットユーザーまで含めてほとんど皆無だったけど、国有化した後になってから、それを批判する人がいっぱいでてきた感じだよね。しかも時の政権に責任を押しつける形で。これもむごいダブルスタンダードだと思うけど。」

逆沢「尖閣購入騒ぎの時に集めたカネは、結局どこに行ったのかねー? 私はそっちの方が気になるわ。」

愛原「どういう人間が、ダブルスタンダードを平然と行うか? 見えてきた気がしないか?」

逆沢「適当なその場限りの屁理屈で、自分を正当化したい人(or他人に責任転嫁したい人)あたりは、まず確実ね。冷静に過去の発言を振り返ったり、配役を入れ替えてみれば、それだけでその人の屁理屈が矛盾だらけって事が分かるわ。」

鼎「尖閣諸島の国有化が政策として正しかったかどうかは、あと何十年もしないと分からないかも知れないけど、少なくとも石原慎太郎さんや彼に同調した人が、その場のノリで発言内容をコロコロ入れ替える信頼に値しない人ってだけは分かったかも。」

愛原「冒頭にも触れたが、俺には未来を見通す力はないし、ものの妥当性や真偽を判定できるだけの事前知識や鑑識眼もない。しかしそんな人間でも可能なのが、ダブルスタンダードを見抜く視点だ。これを養う事ができれば、少なくともデタラメな発言を繰り返す人だけは見破る事ができる。犯罪者のトリックを見破ったり、詐欺師の矛盾だらけの説明を見破ったり、トカゲの尻尾だけを切り捨てて逃げ延びようとする人達の存在を見破ったりできるようになる。少なくとも何かがおかしい事にだけは気づく事ができる。そして誠実な人間と、ご都合的な人間をふるい分ける事で、判断材料を絞る事もできる。大人数で会議をした際、船が山に登ることが多いのは、ダブルスタンダードを平気で犯す中身のない発言(もしくは我田引水的な発言)をする者が混じっているからであって、仮にそれらを除外する事ができれば、それだけでも真面目に議論するに値する有益な意見だけに絞って効率よく話を進めやすくなる。」

逆沢「問題は、私達も含めて、誰でもダブルスタンダードを犯す可能性は誰でもある事なんだけどね。」

愛原「同感。俺も無意識のうちにそれをやって、後で恥をかく事も多い。ただ気づく事が出来たなら、それだけでもマシという奴で、自分なりに相反するどちらか(あるいは両方)が誤りである事を認めて、持論を修正・昇華させていけばいいと思う。それが裁判制度などでも採用されている文系型の論理検証の王道パターンだ。裁判を進めていく過程で、以前は有罪確定と思われた中、ある時、容疑者が犯人だと仮定すると大きく矛盾するような新証拠が見つかったならば、その新証拠も判断要素に含めて、裁判をやり直すのが本来のやり方であるように。(証拠裁判主義)」

鼎「でもダブルスタンダードを犯したがる人は、逆の事をやりたがるよね。初めからギルティである事を決めつけていて、ギルティと判断するには都合が悪い証拠が見つかっても、その証拠の弱点ばかりを色々とあら探ししたり、時には議題のまな板にも乗せようとせず見て見ぬ振りして、一方的に自分に都合のいい証拠だけで固めて、無理矢理ギルティに持ち込むような感じで。それこそ【あいつをギルティにしないと俺が困る】と言わんばかりに。」

愛原「ダブルスタンダードで最も多く見かけるのは、グレーゾーンの歪曲だな。自分に都合のいい証拠は【クロである可能性が少しでもある限りはギルティ】と主張し、都合の悪い証拠は【どれだけクロに近いグレーでもクロと断定できない限りはノットギルテイ】と主張し、都合のいいようにグレーゾーンの解釈を使い分ける方法。震災後、原発敷地内の活断層に関する議論では、政権が変わる事にグレーゾーンの漂白化が進んで、いつの間にか100%クロと断定できない活断層は全て安全といわんばかりの扱いに変わってしまった。気がついたら震災前より、安全基準がゆるくなってるというか。」

鼎「震災前は、事前に定められている基準がちゃんと調査されてないままだったのが問題だったんだけど、震災後に改めて調査し始めた途端、怪しい箇所が何カ所も発見されて、その結果、本来ならクロの部分がいつの間にかグレーになって、最終的にシロとして決着がついてしまった感じだよね。以前は地滑りによるものも含めて一括アウトだったんだけど。」

逆沢「以前はちゃんと調べないまま合格にしてたけど、ちゃんと調べてない事がバレた途端に、グレーゾーンの境目をいじって、無理矢理合格になるように調整してしまったという事か? 要するに結論ありきというか。」

鼎「集団的自衛権の件でも、グレーゾーンが時の政権の都合で、勝手に変更されようとしているみたいだけど・・・。」

愛原「解釈が勝手に変更されたら、今までの解釈は何だったんだという事になってしまう。少なくとも新解釈か旧解釈のどちらかは誤りだったという事になり、法治主義の見地からして色々ヤバくなってしまう。俺としては主権独立国家が集団的自衛権を保有する事は、弱小国が強国の脅威に対抗する上で不可欠というか、少なくとも違和感は感じてないが、手法が独裁国家的である事に強い懸念を示さざるを得ない。少なくとも今の流れでは、アメリカの言いなり化の促進行為にしかなり得ない。」

鼎「結論ありきだと、どうしてもダブルスタンダードにならざるを得ないというのが、改めて分かったかも。結論が初めから決まっていると、どうしても理由の方でこじつけざるを得ないから。」

愛原「その結論に筋が通っていれば、まだダブルスタンダードを避けやすくはなるんだけどな。但し、【あいつはギルティ、こちらはノットギルティ】と、結論自体を分岐させてしまうともうアウト。同じ事をしてるにも関わらず、結論を分けようとすると、どうしても二重基準を採用せざるを得なくなるからな。」

逆沢「とすると好き嫌いは、ダブルスタンダードの最大の温床になりかねないという事ね。ルールを厳しくすると自分もギルティになりかねない。けれどルールを甘くすると自分が嫌いな奴もノットギルティになってしまう。じゃあ、どうするか? ダブルスタンダードを使用すればいい。嫌いな奴が問題を起こしたら全部そいつの責任。自分自身や好きな奴が問題を起こしたら、社会全体の問題にしたり、やむを得ない事情にしたり、大した事ない事にしたり、見て見ぬ振りして不問化。みたいな感じか。」

鼎「一番卑怯なのは、嫌いな奴とか適当な使い捨ての部下に全責任を押しつけて、トカゲの尻尾切りをする方法だよね。」

愛原「どういう人間が、平然とした顔でダブルスタンダードを行うか、よく分かるだろ? 自己矛盾に気づいて改められる人間なら、単なるうっかり屋なんだろうけど、どれだけ矛盾を追及されても、決して結論だけは譲らない人は、かなりヤバい。特に自分が過去に出した小説の事も忘れて平然と二次元ポルノを批判する石原慎太郎クラスの天然になると、自分が普段からダブルスタンダードをしている自覚すらなさそうだしな。」

逆沢「自分自身を疑ったり、配役を入れ替えて判断してみたり、そういう工夫が一切できないタイプなんだと思うわ。まぁ良くも文筆家だから、その場に応じて自分に都合のいい屁理屈を考えるのは得意みたいだけど。」

愛原「いくら後付け設定と言われようが、その場でもっともらしい理由を後でこじつけられる才能は、小説家としては極めて有用だ。そういう意味で石原慎太郎は、まさに一流の小説家としての素質をもってたともいえる。但し、その場の勢いでエピローグまで押し切れる作風でないとダメだな。特に連載小説方式みたいに時間をかけて少しずつ書き進めていくパターンだと、書いてる作者本人自体が、以前に設定した事を忘れて、思いっきりひどいダブルスタンダードをやらかす危険もありそうだ。まぁ、プロでもたまにやるけど。」

鼎「田中芳樹さんの創竜伝では、作中の時間はそれほど流れてないのに、初期の頃に存在してたソビエトが、いつの間にか崩壊してる事になってるバージョンもあるらしいけど、そういうミスをやりかねないようなものかな?」

愛原「時事ネタは怖いよな。リアルでは執筆中に数年の時が流れても、作中では数ヶ月しか経ってない事はままあるものだ。だがそういう小説上の矛盾は、利害や好き嫌いがからみにくい故に自省やフォローもしやすい。一方、リアル、特に政治がらみの案件になると、確信犯的になるというか、あからさまにダブルスタンダードをやらかして、しかも平気で修正しないまま押し切ってしまう者も多い。その理不尽によって、自分一人だけがギルティにさせられて、人生をめちゃくちゃにされた者もいるだろうけど、それでも加害者達は最後まで知らんぷり。恐ろしすぎる。」

逆沢「利害や好き嫌いがからむと、人はどんな汚い真似も平気でできるって事かもね。自分が逃げ切るためなら平気で他人を犠牲にもできるし、嫌いな奴がどんな理不尽な不幸に遭っても喜びこそあっても、悲しみの感情すらわき起こらないと。」

愛原「ダブルスタンダードは、人間が持つ負の感情がもたらすものなのかも知れんな。誰でもついうっかりやってしまうものでもあるが、指摘されてなお屁理屈に屁理屈を塗り固めたり、聞こえなかったふりをしてダブルスタンダードを、とことん押し切るような人間にはなりたくないものだ。特に今回の転覆事故に対する一部ネットの反応をみてて、人の不幸までを攻撃材料とする事で、他者を見下して安心としようとする連中があぶり出された事で改めてそう認識した。立場が変わっても、同じ事が言えるのかと。」

鼎「配役入れ替えビデオが開発されて相手が感じている理不尽な思いを理解する事で、不当なダブルスタンダードや、トカゲの尻尾切りや、被害者に塩を塗り込む行為などが、少しでも少なくなればいいよね。」

























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