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愛原様のたわごと(15年9月13日)







愛原「今回のテーマは、【善玉が起こした悪事・不祥事】。」

逆沢「ん? なんだ、その矛盾したタイトル名は? そもそも善玉は悪事なんかしないだろ?」

鼎「善玉のふりをした悪玉という事かな?」

愛原「違う違う。今回取り上げるのは、純粋な善玉キャラの話。無論、リアルの世界では、人間を善玉・悪玉でふるい分けする事は困難だが、今回取り上げる善玉は、あくまでキャラ設定上、善玉として分類・認識されている存在を指すと考えて欲しい。」

鼎「ファンタジーの世界では、正義の味方とか、勇者とか、変身ヒーローとか、正義超人とか、主人公(?)といった存在が、善玉としての役割を背負っている事が多いよね。」

愛原「そういった善玉キャラが、悪事や不祥事といった、本来期待された役割に背くような真似をした場合を今回は考えてみたいと考えている。」

逆沢「うーん。のっけからテーマを折るような事は言いたくないけど、まともな善玉は悪事や不祥事は行わないんじゃないのかな? それをやったら、もはや善玉じゃなくなるし。」

鼎「あえていえば、やむを得ない理由で悪事などに手を染めざるを得ないケースくらいなら、割とありそうな気がしなくもないけど・・・。」

逆沢「ま、あえて善玉キャラに存在意義を問い直すようなジレンマやカタルシスといった試練を課す事で、ドラマを盛り上げたい時に、そういう手法はみられなくもないけどねー。」

鼎「【大義を守る為に小義を捨てるべきか否か?】みたいな感じで、善玉に厳しい試練を課すようなストーリーは、ちょくちょく見るような気がしなくもないよね。」

逆沢「【目の前の人を助ける為に時間を費やしてしまった結果、より多くの人を犠牲にしてしまった】とか、あるいはその逆に、【多くの人を救ったけれど、大切な人を守る事が出来なかった】とか、そういうジレンマは見飽きるくらいみた気もするけど、実際にはなかなか色あせない定番のシーンではあるわね。」

愛原「いやいや。そういうのは今回のテーマじゃないんだ。大義も小義も、どちらも正義であり、どちらの正義を優先させても、正義の行いである事には間違いないからな。俺が今回とりあげたいのは、あくまで悪事や不祥事の類い。ぶっちゃけていえば、それをしでかす事で、仲間や社会全体から非難されるであろう行為。」

逆沢「うーん。けど少数の人を助けた結果、多数の人を見捨てたら、多数側の人からは非難されるんじゃないの?」

愛原「助ける義務を負いながら助けなかったのなら、それは非難されるべき悪だろう。しかし多くのヒーローは、善意で人助けをしているだけであり、仮に助けなかったからといって、非難される筋合いはないと思うけどな。ウルトラマンだって、外国のテロリストや国内の振り込み詐欺グループと戦ったりはしないけど、だからといってそれで非難される筋合いはないだろう?」

逆沢「えらい極論出してくるわねー。まー、そりゃそうかも知れないけど。」

鼎「助けなかった事で非難されても仕方ない職業といえば、警察官とか消防署員とか自衛隊員とかが該当するかな?」

愛原「これも限度はあるけどな。たとえば現在、北関東から東北にかけて、大規模な水害が発生しているが、当然の事ながら、被災者全員の命を救うというのは、規模的にも状況的にも不可能だ。無論、明らかなサボタージュや、重大な判断ミスによって助けられるはずの人間まで助けなかったケースが明るみに出たならば、助けるべき義務を放棄した悪と断罪されても仕方ないが。」

鼎「そういえばネットの記事で、自衛隊員がペットの犬を救助した事で、賛否両論があるらしいけど、これはどう判断すればいいのかな? 美談としてとらえる人の方が多いようだけど、冷静に考えたら、ペットを救出する時間を惜しめば、その分だけでもより多くの人を救えたような気もするし。」

逆沢「あ、そうか。ペット一匹救うのに費やした時間で、他の子供なりお年寄りなりを、一人余分に助けられた可能性もあるのよねー。」

鼎「善意で人助けをしているヒーローなら、人間とペットのどちらを優先して助けても自由だけど、自衛隊員は私達の税金を報酬とする代わりに人命を守る義務を背負っている訳だから、誰かのペットの救出を優先した結果、別の人間が人知れず力尽きて死んでしまったとしたら、これは看過できない問題になるかも。」

逆沢「まー、ルールでペットも家族の一員とみなすように明記されてたら問題ないと思うけど、各自衛隊員の判断で、Aさんのペットは情に厚い自衛隊員の裁量で救われて、Bさんのペットは厳格な自衛隊員の裁量で見捨てられたみたいになったら、それは色んな意味で問題かもね。」

愛原「まぁ、変な美談だけで片付けようとすると、思わぬ所で足下をすくわれかねない問題ではあるな。まぁ人によって判断が分かれるケースなだけに、それを単純に悪とか不祥事と言い切る人は、まれだろうけど。」

逆沢「必死に人助けをしている人に感謝する人は多くいても、難しい判断を迫られる細かい部分で揚げ足を取って非難する人は、かなり珍しいくらいの少数派だとは思うわ。」

愛原「うーん。やはりそういう心境になるか。善玉が少々問題を起こしても、それをいたずらに非難すべきでないと。」

逆沢「善玉の揚げ足を取って彼らを縛った所で、悪玉がますますのさばるだけだろうからねー。」

愛原「そうかそうか。そう思うか? ならばこそ、逆に今回のテーマを取り上げた甲斐があるってもんだ。」

逆沢「今回のテーマは、色々抽象的すぎてよく分からないけど、結局、何が言いたいのよ?」

愛原「どんな善意の人だって、故意もしくは重大な過失によって大きな問題を引き起こす事がある。それを【善意でやった事なんだから、大目に見るべき】でなんでも安易に片付けてよいのか? これが今回のテーマの趣旨だ。善意の自衛隊員がペットを救ったくらいのイレギュラーなら、(議論の余地はあっても)非難の対象にまではならないだろうけど、世の中ではそれで済まないケースも多い。」

逆沢「ま、【貴方のためを思って】やった行為が裏目に出る事は、世の中でも珍しくないけどねー。」

愛原「そう。ファンタジーの世界でも、割とみられがちな善玉の失策としては、まず人事ミスが考えられる。」

鼎「人事ミス?」

愛原「そう。中でも目立つのは、善玉が起用した人材が悪事なり不祥事なりをしでかすといったパターンだな。【能力的に信用できないけど、彼のやる気を買って起用するも、案の定というか、やはり能力不足で任務を失敗してしまった】というケースから、【信用して任せた部下が実は敵のスパイで、まんまと敵の罠にかかってしまった】というケースまで幅広くある。」

逆沢「なる程。善玉本人には(任命責任以外の)落ち度はないけど、任せた人材に問題があったというパターンね。」

愛原「シナリオ製作という観点で言えば、【一流キャラの名声を傷つけずに、味方をピンチにしたい】時によく使われる手法でもある。」

逆沢「味方がピンチに陥った責任を、一流キャラ以外にかぶせたい時に使われやすい手段って事ね。」

愛原「読者やプレイヤーといった受け手も、シナリオライターの思惑通り、善玉本人ではなく、無能な脇役や卑怯な裏切り者を非難する形になりやすいと思う。」

鼎「けど、よくよく考えてみたら、善玉キャラが人事起用を間違えなければ、そもそも問題自体起こらなかったともいえそうだよね。」

愛原「その通りだな。分かりやすい例としては、まず銀英伝で主人公の一人のローエングラム皇帝が、レンネンカンプ上級大将を高等弁務官に起用したシーンなどが考えられるな。」

鼎「レンネンカンプ上級大将は、元々作品内でイマイチ評価の低い役回りだったけど、やはりというか自らの判断ミスで、ライバル勢力を復活させてしまうという致命的失態を演じてしまうんだよね。」

愛原「これをシナリオ上の都合という側面で分析してみると、色々気づく所があるはずだ。」

逆沢「ローエングラム皇帝の陣営は本人も部下も一流ぞろいなのに、なぜあえて数少ない二流以下のレンネンカンプ上級大将に、そんな大任を任せられたか、一読者としては不思議でならなかったけど、シナリオの都合という意味では、彼以外に選択肢がなかったという事かな?」

鼎「一流扱いされているキャラを高等弁務官に起用してしまったら、ライバル勢力も復活せずにそのまま物語が終わりかねないから、それであえて一流ぞろいのローエングラム陣営の中で数少ない二流以下の彼が、やられ役として選ばれてしまったという事かなぁ。」

逆沢「けど、それはそれで疑問が残るのだわ。皇帝自身も一流なのに、なんでそんな二流キャラに重要な任務を与えるのかと? それ自体が色々おかしいだろと。」

愛原「作者自身も、その矛盾を気にしていたのか、ローエングラム皇帝の部下のメックリンガー上級大将を介する形で【望遠鏡が顕微鏡としての能力を兼ね備えていないからといって批判すべきではない】と擁護のコメントを作中に載せているな。俺からすると、は?って感じだが、シナリオの都合上、そうせざるを得なかった事くらいは分かるので、そこは容認せざるを得ないのかも知れない。」

逆沢「ローエングラム皇帝は、一流の天才でなくてはならない。しかし実際には、彼は人事起用で大きな失敗をしてしまっているというか、シナリオの都合上、失敗してもらわなくてはならない。だからこそ、天才というキャラ設定を壊さずに、かつ大きな人事起用の失敗を引き起こさせる為に、そういう苦しい言い訳が必要になったって事ね。」

愛原「そう。言い訳。善玉キャラが問題行為をした時に必ずといっていい程、行われるのがこの言い訳だ。」

逆沢「【他に方法がなかった】とか【みんなのためを思ってやった】とか【当時としてはそれが最善だった】とか【法的には問題ない】とか【私としては適切な対応をしたと考えている】みたいな感じで使われる訳ね。」

愛原「そして善玉は、大きな失策を犯しても、必ず挽回の機会を与えられる。自分の判断ミスのせいで、守るべき人を守れなくとも、どれだけ甚大な被害を招こうとも、必ず汚名返上の機会が与えられる。」

逆沢「まぁ、それもシナリオ上の都合だから、しゃあない。特に主人公が失態を演じたままで終わってしまったら、物語として成立しないじゃん。」

愛原「その通りだな。善玉がピンチに陥るのは、起承転結でいう所の転でしかないからな。ちゃんとした結を迎える為にも、彼らには失敗や屈辱を乗り越えて再起してもらわなければならない。」

鼎「けどちゃんと汚名返上の機会が与えられるのは、一流の善玉だけだよね。二流以下のキャラクターは、味方をピンチにするトラブルメーカーか、当て馬ややられ役を演じるだけの役回りで終わる事も珍しくないし。」

沢「ま、その辺は、リアルではあるけどねー♪ 現実世界でも、森元総理みたいに、何度汚名返上の機会を与えられても、さらに汚名を拡大するだけのような人間も多いし。」

愛原「人間、誰しも適正や身の程というのがあるからな。足の遅い人間が、足の早い人間に走り勝って汚名返上するのが困難なように、学習もせずに同じ事を繰り返しても恥の上塗りになるだけで、汚名返上自体が容易ではない。特にファンタジーの世界では、各キャラクターに決められた役割を与えられている事が多く、当て馬はいつまで経っても当て馬のまま。トラブルメーカーはいつまで経ってもトラブルメーカーであり続ける事も多い。」

逆沢「特にバトルものでは、一度当て馬になると、永久にそのままの例が多そうな気もするわ。かつて一流のライバルとして活躍していても、味方になった途端に、次の敵の強さを見せつける為の当て馬と化して、それ以降、ずっとその役回りばかりとか。」

愛原「味方になって以降も勝ち続けられるようにした場合、男塾みたいに膨張の一途を辿らざるをえなくなるからな。まぁ簡単ではない。」

鼎「けど仮に、人間がそう簡単に成長できないというか、汚名返上できない生き物であるとするなら、一度失敗した仕事を続けさせるのは、本人にとっても全体にとってもマイナスにしかならないよね。」

逆沢「トラブルメーカーをそのまま置いていても、ますますトラブルを引き起こすだけみたいな事はあるかもね。」

鼎「怒りっぽい人や無鉄砲な人もそうだよね。何度当て馬扱いされて痛い目に遭っても、同じ失敗ばかり繰り返すというか。」

愛原「人事起用一つとってもそうだな。一度人事に失敗した人間が、考え方を根本から改めて、人間関係を一から見直せるかと言われたら、そんな事は絶対にないからな。特に【これが俺の持ち味だ】みたいな感じで、自分のスタイルに自信を持って反省もしない奴は、何度でも同じ失敗を繰り返す。」

鼎「けどそれでも、何度失敗しても懲りない人は、残念ながら多いよね。」

愛原「何度失敗しても立ち上がるのは、善玉ヒーローとしては美点だが、みんながヒーローになれる訳じゃないからな。立ち上がる度に成長できるヒーローなら、とことんまで応援して支えたくもなるけど、成長もせずに何度も同じ失敗を繰り返す人間にむやみに立ち上がられても、害悪にしかならない事も残念ながらある。」

逆沢「森元総理とか♪」

愛原「本人は自分の事を善玉ヒーローだと思ってるかな? 今のポジションに居座っていれば、いつか今までの汚名を清算できるとでも。」

鼎「うーん。でも、そういう人は、案外多いかも知れないよ。【諦めたらそれで終了ですよ】の裏返しで、諦めなければいつか汚名返上できると信じている人とかも多そうだし。だからこそどれだけ悪事や不祥事などで汚名をかぶっても、それでも今の地位にしがみつく人が多いというか。」

逆沢「諦めて今の地位を退いたら、汚名だけが残るもんねー。より汚名が大きくなるリスクを背負っても、汚名返上の可能性があればそれに賭けたいと思う心情は理解できなくもないかな?」

愛原「株やFXで大やけどをしても、容易に足を洗えない人の心理と同じだな。諦めたら負債だけが残るけど、諦めなければ(より負債が拡大する可能性が高くとも)元本回復や一発逆転のチャンスも残るから。でも実際には、大半の人は負債を減らすどころか、ますます被害を拡大させるだけだけど。」

鼎「私達凡人は、失敗してしまった事を悔しく思ったりはできるけど、だからといって失敗の原因をちゃんと分析して克服までできる事はあまりないよね。」

愛原「だからこそ適正を見抜き、自分に向かない分野には長く留まらないようにする配慮が必要だ。汚名を返上する事ばかりを考えて、ますます自身や周囲に被害を与え続けるような真似は控えなくてはならない。善玉ヒーローなら、どんな困難でも乗り越えて、汚名をすすぎ名誉も勝ち得るだろうが、あいにく大半の凡人はヒーローのようにはなれない。たとえ、一国の総理を経験する程の大物であってもだ。」

鼎「けど凡人にはたどり着けない地位に達したような人なら、【自分だけは特別】と思い込んじゃっても仕方ないかも。」

逆沢「どんな凡人でも【自分だけは特別】と思っちゃう時期はあるけどねー。」

愛原「ま、本人がどう思おうと、それだけならまだマシだけどな。厄介なのは、周りが特定の人物を善玉と思い込んでる場合の方だ。」

鼎「周りが?」

愛原「うん。今回のテーマを取り上げたくなった最大の理由でもあるんだが、約一週間前の9月7日。某テレビ局のテレビドラマで、北朝鮮による拉致被害者救出を祈るシンボルのブルーリボンをつけていた政治家が贈収賄事件で逮捕されるシーンがあったのだが、それに対して抗議を受けて、テレビ局側が謝罪に追い込まれた事件があった。つまり抗議した側の【ブルーリボンを身につけている政治家は善玉であり、そんな政治家を悪玉として描くドラマは不謹慎だ】という論理にテレビ局側が屈したという話だが、お前ら、これに対して違和感を感じないか?」

鼎「ブルーリボンをつけている政治家は、普通にたくさんいると思うけど。善玉悪玉関係なしに。なぜなら(少なくとも表向き)北朝鮮による拉致被害者救出を祈らない政治家なんて、普通いないから。」

愛原「ただブルーリボンや共同募金の赤い羽根だけでなく、特定の啓蒙活動を象徴するシンボル自体は、無名なものまで含めると実は無数にあるからな。それらを全部身につけたら衣服がメチャクチャになるし、とかいって特定のシンボルだけを身につけて特定のシンボルは身につけないのも何だから、そういうものは(期間限定の者を除いて)身につけない事にしている人も多いとは思う。我々国民にしたって、別に毎日国旗を掲げてなかったり、神社や先祖代々の墓に参拝してなかったり、ブルーリボンを毎日身につけてないからといって、そういう気持ちがゼロとは限らないだろ? 偶像崇拝じゃあるまいし。」

逆沢「つうかブルーリボンを身につけていようがいまいが、そもそも、政治家の中で、善玉に値する人間なんて少数派だろ♪」

愛原「この一連の流れに対して、菅官房長官は【ブルーリボンは拉致被害者の救出を求める国民運動のシンボルだ】とテレビ局側に対して不快感を示し、一方有田芳生議員は、金銭疑惑で自民党を離党した武藤貴也衆院議員を名指しして【ブルーリボンをつけている議員もさまざま。差別主義の在特会(在日特権を許さない市民の会)もつけている】と違和感を示したそうだ。」

逆沢「菅は頭がおかしい。その論理で言えば、ブルーリボンをつけている人間を悪玉キャラにしてはいけない事になってしまう。というか、ブルーリボンさえ身につけていれば、どんな悪事をしても許されるとか、ブルーリボンを身につけている人に悪い人はいないでも言いたいのか?」

鼎「けど現実には、そういう思考の人はよくネット内で見かけるよ。自衛隊などで不祥事がある度に、【お国のために働いている自衛隊に対する印象を悪化させるマスゴミ】みたいな感じで、そういった報道に強い不快感を示すネットコメンテーターも必ず出るし。」

愛原「それをいったら、与野党問わず政治家も、官僚も、警察官も、その他の民間人も含めて、多くの人がみんな何らかの形でお国のために働いているんだけどな。少なくともタテマエ上は。」

逆沢「要するにその人の中では、自衛隊が善玉という扱いになってるんじゃないの? だから善玉が不正をするはずがない。不正があっても、やむを得ない理由があった。あるいはメックリンガー提督の【望遠鏡が顕微鏡としての能力を 兼ね備えていない】発言じゃないけど、要するに大したことない。あるいは誰かの陰謀で濡れ衣だ。あるいは【○○よりマシ】みたいな理由を付けて、とにかく善玉なんだから非難すべきでないと考えていると。」

愛原「善玉キャラを苦しい立場に追い込むのは、悪玉の陰謀であったり、無能なトラブルメーカーである事が多いが、自衛隊やブルーリボンを盲目に善玉と信じる人から見れば、それらに対するネガティブシーンは、全て敵対勢力による陰謀か、頭の悪い奴の仕業にしか見えないという事かも知れんな。善玉が悪事や不祥事を起こすわけがないと信じているから。」

鼎「けど現実世界では、善玉を装った詐欺師は後を絶たないし、ファンタジーの世界でも、善玉を装った悪玉キャラクターは珍しくないよね。」

逆沢「まぁ、見た目からして悪人だと誰も信用しないからねー。後ろめたいことをやってる人ほど、どこかで善人を装ってるみたいな所はあるかもね。仮にブルーリボンを身につけるだけで善玉政治家を装えるなら、悪徳政治家にとってブルーリボンは格好の隠れ蓑になるし、後ろめたいところのある悪徳政治家ほど好んで身につけそうな気すらしてきたわ。」

愛原「北斗の拳に出てくるようなモヒカンと違って、仮にも政治家なんだから、外面くらいは良くても不思議は無いし、外面の良い悪徳政治家というキャラクターを物語に登場させるのなら、むしろブルーリボンは格好の小道具だと思うけどな。」

逆沢「分かる分かる。積極的に孤児を引き取る篤志家のふりをして密かに人身売買をやってたり、愛国者のふりをして軍需企業と癒着していたり、景気回復をうたい文句にしてるけど実は地元に公共工事を回してリベートを受け取る事しか考えてなかったり、そういう善人を装った悪人キャラは、もう鉄板だしねー。善玉のふりをした悪徳政治家という設定だったなら、ブルーリボンくらいつけていた方がむしろリアリティーあるし、テレビ局もなんで抗議に屈したか、意味不明だわ。」

鼎「というかこういう理屈が広がると、いずれ政治家や警察官や官僚組織を悪玉にした物語を作れなくなっちゃうよね。【お国のために頑張っている彼らを悪玉として登場させるなんて不謹慎だ】みたいな論理が広がると。」

逆沢「その内、弱い立場の人の為に頑張っている介護事業者とか、災害復興のために頑張っている土木作業者とか、終電のない深夜時間帯でも人々を安全迅速に家まで届けてくれるタクシー運転手とか、あらゆる職業の人が悪玉として使用不可能になったりして♪ 悪い自衛隊員が悪い事をして捕まったというごく当たり前のニュースですら、印象操作とかいって、非難する人もいる事を思うと、ブルーリボンを身につけている武藤議員のような政治家に対するネガティブ報道自体が自粛される流れに向かってるような気がしなくもないわ。」

愛原「我々は、善玉と信じている人間に対して、非常に寛容だからな。善玉が悪事や不祥事を起こした際には、何らかの事情があるに違いないとか、大したことないとか、敵対勢力の陰謀と考えて、とにかく擁護したくなる。そして善玉が倒されて悪玉が横行する世の中になったら大変だという思いから、何としても彼らを守り抜こうと考える。だが、それが最大の落とし穴なのだ。仮にその善玉と信じた人が善玉でも何でも無かったらどうなるか? 善玉のふりをした悪玉という事もあるし、本人は善玉のつもりでも、能力が足りなかったり思想が偏りすぎていて、失策ばかりを繰り返す事もあるだろう。それでも【あの人は善玉だから】と信じて擁護し続けるのが、正しい判断なのか?」

鼎「ファンタジーの善玉ヒーローなら、一時はどれだけ大衆から嫌われようとも、最後は必ず汚名返上に成功するというか、誤解が解けたりもするんだろうけども。」

逆沢「あー、そう言えば最近の政治家は、失言で批判を浴びる度に【誤解を招いたことをお詫びする】と言い訳してる気がするけど、彼らは自分の発言の内容自体は決して撤回しないのよねー。本音では自分の発言は決して失言では無く、自分の信念に反しない正しい発言とでも思ってるのかな?」

愛原「というか、彼ら自身、自分の事を善玉と信じている可能性が高そうだな。善玉と信じているからこそ、自分は間違ってないとも、いずれ誤解も解けて、汚名も返上できるとも、信じる事ができるのだろう。ファンタジーの善玉ヒーローが、決して信念を曲げずにいた結果、最終的に必ず報われるように。」

逆沢「善玉ヒーローが己の意志を貫いて、最終的に汚名を返上したりするのはカッコいいと思えるけど、凡人がいつまでも己の非を認めず、地位にしがみついたりするのは、往生際が悪いというか、引き際を知らないというか、醜悪な存在にしか思えないわ。」

鼎「今の日本で潔く退ける人が少ないのは、みんな自分が善玉とか、特別な存在と思い込みたがっている事の裏返しなのかも。」

愛原「そしてそれを支える大衆こそが問題だな。ファシズムを熱狂的に支えた頃と比べれば、今の日本人は権力などに対しても極めて冷静で知性的だとは思うが、それでも未だ【自分が信じる善玉の評判が下がるような報道自体が許せない】みたいな危険思想者が少なからずいる事を思うと。」

鼎「私は、一国の官房長官までもが、そういう危ない思想の持ち主だという事に恐怖を感じてしまったよ。」

逆沢「政治家だろうが、警察官だろうが、自衛隊員だろうが、土木作業者だろうが、ブルーリボンを身につけていようが、いい人もいれば悪い人もいて当たり前なんだけどねー。その当たり前の事すら理解できず、一フィクション番組にまで介入するヤバい人が一国の官房長官というあたり、この国はまだまだ思想的に発展途上国なんだと思ったわ。中国や北朝鮮と同レベルというか。」

鼎「私、今、ふと思ったんだけど、あれだけ不祥事続きのオリンピック協会の責任者達が未だに責任を取らないというか、不問にされ続けているのは、【善玉だから許されるべき】という固定観念が彼らの中にあるからと思ったよ。」

愛原「ん? それはどういう事だ?」

鼎「常識的に考えて、安倍総理やその関係者達が、信用できない人に要職を任せたりはしないでしょ? 森会長にしても、遠藤担当相にしても、下村文部大臣にしても、みんな信頼されているからこそ、要職に任命されたような気がするし。で、森会長らは森会長らで、佐野さん達を信用してたからこそか、関係者を擁護する発言を繰り返したりもしてたし。つまり彼らはお互いに信用し合える人間関係だったと思うの?」

逆沢「あー、なる程。安倍は安倍で森らを信用できる善玉と考え、森は森で佐野らを信用できる善玉と考えた。にも関わらず、実際には不祥事の連鎖なんだから、実際には人を見る目のない人間の集合体なのは明らかなんだけど、それでも彼らは自分とその仲間が善玉だと信じているから、できる限りの擁護もしたいし、汚名返上のチャンスもできるだけ与えたいと考えたりしてるって事ね。」

鼎「森さんが会長の地位にあるにも関わらず謝罪(?)会見に出席しなかったのも、逆ギレするのも、善玉であるはずの自分とその仲間が国民に謝る必要も無いし、自分達は国民の為にこれだけ働いている善玉なのに悪玉扱いされる事が不愉快と感じてるって事じゃないかな?」

愛原「本当の善玉なら、潔く失敗を認めて、潔く責任を取るという行為もできないとおかしいんだけどな。」

逆沢「えせ善玉って事なんじゃないの? 安倍総理にしても口癖のように【責任は全て私にある】とか口癖のようによく言うけど、実際に責任を取った事なんて一度もないし。一円の給与返上すらしないくらいの徹底ぶりというか。学生さんでも、申し訳ない事をしたら丸坊主くらいはするけど、そういうパフォーマンスすら安倍はしないし。任命責任も取らないし、任命された当事者に責任も取らせないし、逆に汚名返上のチャンスばかり伺ってそうというか。」

愛原「人間だから失敗もするのは当たり前。但しそこでいさぎよく失敗を認めてそこで責任を取ってこそ本当の善玉だと思うが、彼らは【善玉だったら何をやっても擁護されるべき】とか【善玉は善玉として正当に讃えられるべき(汚名は必ず返上されるべき)】とか【善玉は悪玉に屈するー訳にはいかないから、絶対に地位と主張だけは譲らない】と考える側の善玉という事か?」

鼎「安倍さんというか、岸派の系譜が戦争責任総括に後ろ向きなのも、失敗の責任を取るのが善玉の役目では無く、善玉の名誉は必ず回復されるべきと考えて、その機会を伺っていると考えれば納得かも。」

逆沢「善玉でも二種類あるって事かねー? 前者の善玉は、一人の善玉として罪は償い、責任も全うしようとする。逆に後者の善玉は【悪玉に地位を奪われない為にも、自分は石にかじりついても居座り続ける必要がある】とか【悪玉をやっつける為なら全ての行為が正当化される】とか、考えるという事か?」

鼎「他人に対する認識とか、自分に対する信用とかが、違うのかも知れないね。前者の人は基本的に性善説で、自分が失敗しても他の人が良くしてくれるだろうと考えるから潔く身を引ける。悪事に手を染めてまで、無理矢理目的を達したいとまでは思わない。逆に後者の人は性悪説で、他人に任せたら何をしでかすか分からないと考えるから、できる限り自分の権力を保持しようとする。たとえ悪事に身を染めたり、高いリスクに挑む事になっても、他人に任せて後悔するよりはマシと考えるから、どれだけ反対する者が多くとも、あえてそれに突き進むみたいな感じかな?」

愛原「残念ながらファンタジーの主人公には、後者型が多そうな気がするが、これはまぁ仕方ないだろうな。主人公が潔く身を引いたら、そこで物語が終わってしまうから。逆に主人公の仲間には前者型が多いが、これは仲間が潔く身を引いて主人公に後を託す事で、主人公に花を持たせる事ができるからだろう。」

逆沢「すげー分かる。主人公の仲間は、主人公と共に戦って敵戦力を削っていくけど、ある段階で負傷したりして、【後はお前に任せた】みたいな感じで最前線から退いたりするからねー。逆に主人公は一時的に仲間に託す事はあっても、最終決戦まで他人に任せっぱなしという事は絶対にないというか、どんなに状況が不利で高いリスクに挑む事になっても、決して諦めずに自分の力で困難を乗り越えていくというか。【全ての責任は俺が取る!】と言わんばかりに一人で全て背負って、そして見事目的を果たしてしまうというか。」

鼎「どれだけ苦しくとも仲間を信じて託せる前者型の善玉と、どれだけ苦しくとも最後まで仲間に信じてもらいその期待にも応えられる後者型の善玉がうまくかみ合ってこそ、善玉ヒーローは最高の仕事が出来るって感じだよね。」

愛原「けど、それは選ばれたヒーローだからこそ可能な芸当であって、誰もが真似ていいものではないんだけどな。少なくとも凡人にいつまでも居座られると、本当のヒーローが出てくる出番すら失われる怖れもあるし、周りは大迷惑だ。」

鼎「銀英伝でいえば、パエッタ中将がいつまでも軍権をヤン准将に譲らずに、【お前なんかに任せられるか!俺はまだ生きてるし、こうして命令もできるし、だから俺が最後まで第2艦隊司令官として最後まで責任を全うする!】と言って軍権にしがみついたらどうなるかって感じだよね?」

逆沢「そんな事されたら、いきなりヤンさんが戦死して、第1巻で物語が終わってしまう〜!!!」

愛原「凡人が地位にしがみつく事で責任を果たそうとしたら、どんな不幸が訪れるかという好例だな。」

鼎「そんな不幸な状況を避ける為には、どうすればいいかなぁ?」

愛原「ま、少なくとも言えるのは【善玉だから最後まで信用するべき】とか【善玉は何をやっても許されるべき】とか【善玉は必ず最後には報われるべき】みたいな幻想を捨てるべきって事だな。逆沢が冒頭で言った通り、善玉が悪事を行ったら、その時点で既に善玉ではないというのは、ある意味真理である。善玉だから、善玉としてふさわしくない行動をとっても許されるべきなんて事になったら、そもそも何が善かすら分からなくなってしまう。」

鼎「失敗の責任を取る事で、別の誰かが新しい試みを行ったり、新たなチャンスを得る可能性を考えたら、潔く退く事が善玉の最後の奉公のような気もするよね。」

逆沢「汚名返上とか考える時点で、そもそも自分の名誉欲を満たす事しか考えてないだろうし、そんな奴が善玉とも思えないしねー。汚名なんか返上しなくていいから、さっさとお前は辞めろと思う事も、今の世の中は多いわ。」

愛原「誰だって汚名は返上したい。しかしその機会を急ぐ必要は無い。たとえばパエッタ中将は、ヤンに軍権を預けて以降、物語上で大した出番も与えられず、凡将以下の評価を覆す事ができなかったとも取れるが、じゃあヤンに軍権を預けずに最後まで戦ったら、もっと評価は上がったかといえば、まずそんな事は考えられないからな。皇帝陛下万歳と叫んだのか、部下を巻き添えにして玉砕しようとしたゼークト大将みたいな自己満足くらいは得られるかも知れないが。」

鼎「自分のやりたい事を最後まで貫いてダメだった場合は、自己満足くらいは得られるかも知れないけど、他人の自己満足に無理矢理付き合わされた人は最悪だよ。」

愛原「まだ頑張れそうな気がするのに他人に任せてしまうと、色々後悔とか、消化不良感は残るから、地位や権力に留まって、頑張れるだけ頑張りたいと考える人の気持ち自体は分からない事もない。しかしそれによって多くの人が不幸になるのは、やはり見過ごせない。人は誰しも誰しも厨二病的な心理に駆られるが、パエッタ中将にそういう【自分はこういう苦境でこそ真の力を発揮する】みたいな幻想をもたれても困るのだ。」

逆沢「それ、ニートとかがよく思い込んでそうな幻想ねー。【本当に世の中が乱れた時にこそ自分は輝ける存在】とか【働かない2割の蟻こそが、有事には最も役に立つ】みたいな。」

愛原「その蟻のエピソードには嘘が混じっているな。優秀な2割・普通の6割・駄目な2割の内、優秀な2割の蟻を除いても、残り8割の中から優秀な2割が出てくるという話自体は多分間違っていないが、ダメな2割がいきなり優秀な2割に替わったりまでは通常しないからな。例外があるのは当然だが、例外を除けば普通の6割の蟻の一部が優秀な2割になり、駄目な2割の蟻の一部が普通の蟻に昇格するだけで。たとえるなら優等生だけを集めて進学校を形成したり、劣等生だけを集めて底辺校を形成するとどうなるかという状況。どれだけ優秀な生徒ばかりを集めてもその中で落ちこぼれは必ず出るし、逆に底辺校からでもそれなりの大学に進学する覚醒児は一定の割合で出るが、だからといって進学校の落ちこぼれが底辺校の落ちこぼれ以下になったり、底辺校の覚醒児が進学校トップレベル以上になったりは、ほとんどしないようなものだ。働かない蟻の多くは、余程の事がない限りは、やっぱり働かないままだよ。」

鼎「けど、優秀とされた2割の蟻がいなくなったからこそ、新たに優秀な蟻に昇格できる蟻が多くいるのも事実だし、だからこそ世代交代のチャンスは必要ともいえるよね。」

愛原「そう。かつて優秀な人物でも、衰える時はいずれくる。また優秀な営業マンだったが管理職になった途端に使えなくなったみたいに、地位と適正がかみ合わない事もある。そういう意味で、かつてどれだけ素晴らしい善玉ヒーローであったとしても、劣化や失敗をきっかけに世代交代を進める有効性に関しても、俺は支持したい。というか本来、人間社会というか、サルの群れでも同じ事だが、群れのボスが報われた状態のまま死ぬ事は必ずしも多くない。というか英雄は、惜しまれて去るよりも嫌われて散る方が、群れにとって都合がいい事も多いからな。かつて死期が近づいてきた晩年の黒田官兵衛が、わざと嫌われるような素行をするようになって、息子の長政がそれをとがめたら、官兵衛は【お前の為にやっている。俺が死んでいなくなって、みんながほっとするくらいの方が、きっと上手くいく】みたいなアドバイスをしたなんてエピソードもある。」

逆沢「あー、分かる。尼子晴久とか武田勝頼とか、先代が偉大なまま死んでしまうと、後継者がすごく苦労するからねー。神格化されてどうやってもかないっこない先代と何かと比べられて、自分を侮る老臣とかも出たりして。実際には尼子晴久も武田勝頼も、先代よりも自分の代の方が領土も広げてた頃もあったけど、それほど活躍しても、老臣に心服される事はなく、前者は新宮党壊滅、後者は長篠で、老臣が処分されるまで独裁体制を確立できず、それでも老臣がいなくなったらなったで、今度は戦力減が惨すぎて結局、滅亡するハメに陥って・・・。」

鼎「そう考えると、黒田官兵衛さんが、いかに先見の明のある名将だったかが分かるよ。わざと晩節を汚す事で、自分が神格化されて後継者が苦労する可能性を減らしたんだよね。」

愛原「歴代の総理大臣も、海部俊樹や小泉純一郎などの一部例外を除いて、ほとんどが低支持率になってから退陣に追い込まれてるが、これも後継者が高い支持率でスタートできるメリットを考えれば悪くない。【善玉は報われた状態で引退するべき】などと考えず、ほころびが見えたら早々に道を退いた方が、社会全体にとってもずっと良い事も多い。」

逆沢「失敗によって汚名を受けた時に素直に責任を取って退けば穏便に済まされるのに、汚名返上に躍起になっていつまでも居座ろうとするから、ますます傷口が広がって、本人は老害扱いされるわ、組織自体もいつまでも刷新されず腐敗が進行するわ、みんなが不幸になっちゃうだけだからね。」

鼎「責任も取らない人に善玉ヅラされて長く居座られると、みんな責任感が無くなって、真面目に生きるのも馬鹿らしくなって、社会に対して不信感も出てくるし、いい事は何も無いよ。」

愛原「昔から、【仕事を最後まで全うする事が私の責任の取り方】みたいなセリフを吐く責任者はたまにいるが、それが許されるのは、いかなる逆境も最終的に乗り越えられる、特別な力を持った真の善玉ヒーローだけだ。凡人が目指すべきなのは、いさぎよく退ける脇役型の善玉の方だろう。」

逆沢「但し、盲目になったら駄目だけどね。【あの人は善玉だから、何があっても最後まで信用し続ける】みたいになったら、それは狂信徒と変わらないし。」

鼎「あの人はブルーリボンをつけているから善玉に違いないとか、善玉の評判をおとしめかねない報道は一切許さないまでいくと、さすがに人として狂っているというか、色々怖すぎるよ。」

愛原「そこまでいったら【俺は善玉だから、汚名は返上できて当然】とか【俺は善玉だから、何をやっても許される】と考えてる人と同類だな。自分自身しか信用できない人も、自分が善玉と認めた人だけしか信用できない人も、本質は一緒。自分をメシアと信じて疑わない危ない教祖と、教祖をメシアと信じて疑わない危ない信者が、箱の中でままごとしてる分には構わないが、そういった思想の人に、箱の外の社会まで干渉して欲しくはない。この国は、神権国家でも愛国無罪の国でもない。」

逆沢「善玉だから特別扱いされるべきというのではなく、善玉であろうが無かろうが、変わらない対応を心がければ、それが一番簡単な気もしてきたわ。」

愛原「だな。我々凡人に人の善悪を見抜く能力なんて無いし、リアル世界で人を善玉・悪玉で振り分ける事自体がナンセンスなんだから、先入観に振りまわされず、自分なりに物差しをもって対応していくのが、最も簡単で賢明なのかも知れない。何の物差しも持たずに、あそこのペットは気まぐれで助けて、あそこのペットは気まぐれで見捨てたとかすれば後味も悪いが、自分なりに物差しを決めて、ここまでならさほど負担にならないから一緒に助けるとか、こういう状況以上だと負担も大きく時間も大きく取られるから助けるのは無理(or後回しにせざるを得ない)とか配慮する事ができれば、心理的に後悔も少ないだろうし。」

逆沢「あいつは何となく善玉っぽいだから助ける。あいつは何となく悪玉っぽいから見捨てるとかやられたら、誰だって嫌だしねー。助ける側にしても、助けられる側にしても、可能な範囲でいいから納得できる理由が欲しいというのはあるかもね。」

愛原「善玉・悪玉で人をふるい分けると、どうしても差別的に対応せざるを得なくなる。もちろん何らかの理由があって、ある人を善玉として認知したりする事はあるだろうけど、善玉だから特別扱いする“べき”までいくと間違いの元だ。可能な範囲でいいから、みんなが公平に助けられ、助け合える世の中であればいいなと思う。」
























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